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高松高等裁判所 昭和31年(ネ)2号 判決 1957年3月06日

控訴人

薦田春吉

被控訴人

淡陽海運株式会社

主文

原判決を左の通り変更する

被控訴人は控訴人に対し金二万二千円と之に対する昭和二七年七月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え

控訴人のその余の請求を棄却する

訴訟費用は第一審第二審共控訴人の負担とする

事実

(省略)

理由

被控訴会社が海陸運送業者であること、控訴人主張の故紙茶模造紙和紙入雑誌等製紙原科二千百二十貫六百匁を運送中の吉久丸が昭和二六年三月四日淡路島沖合において火災に罹つたことは当事者間に争がない。

控訴代理人は右物件の所有権者荷送人荷受人は共に控訴人であつて、昭和二六年三月一日控訴人から被控訴会社に対し右物件につき神戸港より川之江港迄運送を委託した旨主張するので検討する。成立に争のない乙第二号証の一部、成立に争のない甲第七号証の二、三、四第八号証の三第九号証の一、乙第十一号証と原審証人阿守竹之助、同木幡醇一郎、原審並当審証人薦田良之原審証人高橋正幸の各証言の一部を綜合すれば、本件物件は控訴人において当時神戸市在住の製紙原料商大杉秀喜を通じて買受け所有権を取得していたものであること、昭和二六年三月一日右大杉秀喜は荷送人として被控訴会社に対しその係員木幡醇一郎を通じて右物件につき荷受人を控訴人として神戸港より川之江港まで運送を委託しこことが認められる。甲第十号証、原審証人高橋正幸、原審並当審証人薦田良之の各証言中右物件の荷送人は控訴人である旨の控訴人主張に副う部分あるも前示各資料に対比すればたやすく措信し難く、又被控訴代理人は、被控訴会社は訴外大杉商店主大杉秀喜又は薦田製紙株式会社から運送の媒介を依頼せられたに過ぎない旨抗争し、乙第二、三号証、原審証人阿守竹之助、同川崎実、同木幡醇一郎、同立脇清の各証言中右認定に反し被控訴代理人の該主張に則うが如き部分あるも前示各資料に対比すればたやすく措信し難く、他に前認定を覆すに足る証拠はない。よつて控訴人は本件物件の所有権者にして荷受人であること前認定の通りであるけれども、控訴人が荷送人として、被控訴会社に運送を委託したものであるとの控訴人主張は採用し難い。

してみると控訴人は本件物件の運送契約上の当事者間とはいえないのみならず、弁論の全趣旨に徴し本件運送品が到達地に到達していないことが明かであるから控訴人は荷受人としても右運送契約に因りて生じた荷送人の権利を取得し得ない(商法第五八三条第一項参照)。それ故に被控訴会社の右運送契約上の債務不履行を原因として右物件の価額相当の損害賠償を求める控訴人の本訴請求は爾余の点の判断をまつまでもなく到底失当として排斥を免れない。

次に控訴人は右物件の所有権者であること前認定の通りであるところ、控訴代理人は被控訴会社がその履行補助者木幡醇一郎をして本件物件全部を不法に売却処分せしめて引渡をしない。よつて右被控訴会社の不法行為により控訴人は金四十九万九千二百八十二円の損害を蒙つた旨主張するけれども控訴人の全立証によるも該主張を認めるには足りない。よつてこの点に関する控訴代理人の主張は採用せず。

次に控訴代理人は仮りに右物件の一部が前示火災に因り焼失したとするも、右は当時被控訴会社と傭船契約を結んで本件運送に従事した機帆船久吉丸の船長阿守竹之助(履行補助者)が同会社の事業を執行するに付その重過失に因り出火したもので、その焼失した部分の価額は金三十二万九千二百八十二円にして、残品は右木幡醇一郎が同会社の事業を執行するに付その重過失に因り之を不法に売却処分したもので、その価額は金十七万円であり、その合計は金四十九万九千二百八十二円となる。而して右は被控訴会社の前示被用者の不法行為により控訴人の蒙つた損害である旨主張するので検討する。

成立に争のない甲第七号証の二、三、四、第九号証の一、二、第十号証、原審証人犬飼精一郎、同川崎実、同木幡醇一郎、同岡充績、同山口大吉、同阿守竹之助、原審並当審証人薦田良之の各証言に冒頭説示の事実を綜合すれば、前記阿守竹之助が前示久吉丸の所有者兼船長として、本件物件を運送中前示日時火災に因り本件物件の一部を焼失し、残品約千貫余については右火災の報に接して現場に急行した前示被控訴会社の被用者たる木幡醇一郎が所有者兼荷受人たる控訴人及荷送人たる前記大杉秀喜等の承諾を得ないで訴外谷一郎に売却処分したことが認められる。

そこで右船長の重過失の有無につき検討するに、控訴人の全立証によるも右火災が船長阿守竹之助の過失によつて発生したことを認めるに足らず、却つて成立に争のない乙第六号証と前示証人阿守竹之助の証言によれば右火災当時風は西風にして、久吉丸は西方に航行中であつて、同船の煙突は船の後尾にあるため煤煙が船倉に這入る可能性は少いに拘らず、火は右船倉から出火したこと、其の他右出火の原因は不明であることが認められる。これらの事情から判断して右出火につき到底右船長阿守竹之助に重過失は勿論過失ありとは認め難い。

よつて他に特段の事情のない限りその余の点につき判断をすすめるまでもなく右火災による本件物件の内一部焼失により控訴人が損害を蒙つたとするも右は被控訴会社の責に帰すべき不法行為による損害とは認め難い。この点に関する控訴代理人の主張は採用し難い。

次に右木幡醇一郎の売却処分行為が被控訴会社の事業執行につきなされたものであり、右が木幡醇一郎の重過失によるものか否の点について検討するに、成立に争のない甲第七号証の二、三、四、第九号証の二、三、第十号証と前示証人阿守竹之助、同木幡醇一郎、同犬飼精一郎の各証言の一部、原審証人高橋正幸の証言並前記認定事実を綜合すれば、被控訴会社は前記火災当日前記船長阿守竹之助から久吉丸罹災の報を受けたので同会社の使用人木幡醇一郎を現場の最高責任者として罹災現場における本件運送品の処置等につき一切の行為をなす権限を委任したこと、而して右木幡醇一郎は右委任に基き現場に急行し、前記船長阿守竹之助と相談の上当時未だ焼残つている久吉丸の船体を救うために前示焼残りの製紙原料等を船から引上げた上、之を他に売却処分したことが認められる。被控訴代理人は右木幡醇一郎の売却処分は船長阿守竹之助の委任に基き同人の代理人としてした行為であつて、被控訴会社の使用人としてしたものではないから被控訴会社には責任がない旨抗争し原審証人阿守竹之助、同木幡醇一郎、同犬飼精一郎、同川崎実の各証言中被控訴代理人主張に副う部分あるも前示各資料に対比すればたやすく信を措き難く、他に被控訴代理人の該主張を認めるに足る証拠はない。よつて被控訴代理人の該主張は採用し難く、其の他前認定を覆すに足る証拠はない。而して右売却処分につき特別の事情の存することは被控訴人において主張立証しないのみならず右木幡醇一郎が右物件を売却するにつきその所有権者兼荷受人たる控訴人乃至は荷送人たる大杉秀喜等の承諾を受けていないこと前認定の通りであるから、叙上説示に照し右売却処分行為は右木幡醇一郎が被控訴会社の事業の執行につき同会社の被用者として少くとも過失に因り控訴人の右物件に対する所有権を不法に侵害したものと認めるを相当とする。(尤も控訴人の立証によるも重過失に該る事情は認められない。)よつて被控訴人は使用者として被用者木幡醇一郎の右不法行為に因り控訴人に生じた損害につき賠償すべき義務がある。

次いでその損害額につき検討するに右は不法行為による損害であるからその額は右不法行為を構成する右物件の売却処分行為当時の該物件の価額を基準として決すべもである。そこで成立に争のない甲第五号証の一、二第七号証の二、三の一部と前示証人阿守竹之助の証言によれば右焼残品は火災のため水と油に浸され相当不良品になつていたため、当時代金二万二千円で売却されたことが認められ、原審並当審証人薦田良之原審証人木幡醇一郎、同岡充績、同山口大吉の各証言中右認定に抵触する部分は前示各資料に対比すれば措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。控訴代理人は右物件の売却処分により金十七万円の損害を蒙つた旨主張するけれども、右売却品は前記火災に罹つた焼残品にして右火災のため水と油に浸されていたため相当不良品となつていたこと等の事由により通常の品より非常に廉価に売却せざるを得なかつたことは前認定及弁論の全趣旨から窺知せられるのみならず、右の如き品物の価額減少の原因は前示の如く火災に罹つたことがその主たる原因であるが、右火災の点については前示船長阿守竹之助には過失の責むべきものなく従つて亦被控訴会社にもその責なきは前認定の通りであるから、この損害額を算定するにつき特段の事情につき主張立証のない本件においては正常な物品の買入価額其の他を基準とすることは出来ない。よつて結局前記認定の売却価額を以て損害額と認めるを相当とすべく、控訴人の主張中右認定を超える部分は失当として採用し難い。

よつて被控訴人は使用者として被用者木幡醇一郎の行為により控訴人に加えた損害につき民法第七〇九条第七一五条所定の不法行為上の責任として金二万二千円の限度において賠償すべきであるが、控訴人の請求中右金員を超える部分は失当である。被控訴代理人は仮りに被控訴会社が控訴人に対し海上運送取扱人としての不法行為上の責任ありとしても運送品全部滅失の本件においては運送品の引渡しあるべかりし日である昭和二六年三月六日から一年を経過した昭和二七年三月五日の経過により時効により消滅した旨抗弁するけれども、被控訴会社の控訴人に対する損害賠償義務は民法第七〇九条所定のものであること前認定の通りであるから、その消滅時効の期間は同法第七二四条の定める所に従い被害者等が損害及加害者を知つた時から三年と定められているところ前記認定事実に成立に争のない甲第十号証によれば控訴人は前記火災のあつた昭和二六年三月四日当時直ちに本件損言及加害者が被控訴会社であることを知つたものと認められ、其の時から起算して三年内なる昭和二七年三月五日の経過によるも時効は完成しないこと明らかである。よつて該抗弁は採用せず。

叙上説示により被控訴人は控訴人に対し金二万二千円と之に対する本件訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和二七年七月一一日から完済に至るまで年五分の民事法定遅延損害金の支払義務がある。

控訴人の本訴請求は右認定の限度において正当として認容すべく爾余は失当として之を棄却すべきものとする。

右と一部異なる結論に出た原判決は失当として変更を免れず、民事訴訟法第三八六条第八九条第九二条但書、第九六条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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